日本舞踊ガイド ~ 鷺娘

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いまから400超年前、みる者すべてを魅了した出雲阿国の「かぶき踊り」。
それが歌舞伎となり、さらにそこ
から生まれた日本舞踊。
みたことある方にも、みたことない方にも、少しでも面白さが伝わりますように…
ネタバレありのシンプル解説です。

今回は、長唄「鷺娘(さぎむすめ)」です。

|成り立ち

1662年、竹田からくり芝居が大阪道頓堀で旗揚げ公演されました。芝居からくりは、観客には見えない所から
人が糸や差金を用いて操るもので、吹き矢からくり、段返り人形、文字書きからくり、変身からくり、弓曳人形
などが人気を呼びました。その演目のひとつ「住吉汐干の白鷺」が「鷺娘」のもとになったといわれています。
「鷺娘」は、変化舞踊「柳雛諸鳥嘶(やなぎにひなしょちょうのさえずり)」のひとつとして初演されました。
当時江戸で女形として人気の高かった二世瀬川菊之丞が、
竹田からくり芝居の趣向を取り入れて、舞台に大きな
六角の廻り灯籠を出し、廻り灯籠が廻ると中から踊り手が出てくるという演出で、初めて廻り舞台を使用したと
いわれています。
1886年、九代目市川團十郎が、単調だった原曲に合方(あいかた:三味線で唄と唄との間をつなぐもの)を
挿入し、派手な引き抜きを取り入れ、全体をドラマティックに変えました。登場には、杓文字(しゃもじ)と
いう、大きな杓文字の形をした台の上に役者を乗せて押し出すものを使い、役者が足を動かすことなくスーッと
出てくることで、鳥が水面をすすむ感じを表現しました。そして、最後は二段(にだん)という台の上で見栄を
きって終わるか、飛んで消えていく演出にしました。
1922年9月、ロシアのバレエダンサーのアンナ・パヴロワが日本に初めて来日し、帝国劇場で白鳥に扮して
踊る「瀕死の白鳥」を披露しました。当時まだ馴染みの薄かったバレエの公演は多くの日本人に感銘を与え、
文化交流としても大きな影響を残しました。六代目尾上菊五郎もその1人でした。
「瀕死の白鳥」は、アンナ・パヴロワのために振り付けられたもので、湖に浮かぶ一羽の傷ついた白鳥が
生きようと必死にもがき、やがて息絶えるまでを描いたものです。痛々しく羽ばたくような動作が、死に瀕した
生き物の苦しさを如実に表現しています。そして、その影響を受けて「鷺娘」にも鷺が雪の中で息絶えていく
幻想的な演出が生まれました。

国立国会図書館デジタルコレクションより 摂津名所図会「竹田近江機捩戯場」
https://dl.ndl.go.jp/pid/2563463/1/16

|あらすじ

「鷺娘」は、舞台のドラマティックな展開とはうらはらに、その物語の詳細は語られておらず、ミステリアスな
演目です。しんしんと降る雪の中、1人の娘が傘をさしている。白い綿帽子をかぶり、白無垢の振袖に黒い帯を
締め、黒塗りの下駄を履いて雪の中に佇む姿は、雪の中に舞い降りた白鷺のように可憐です。娘は恋の恨みを
思い出し、雪の中を歩くうちに白鷺のような動きになっていきます。やがて、町娘の姿になるとその恋心を次々
見せていきますが、恋の地獄に落ち、責めを受け、鷺のように羽ばたいて苦しみ狂っていく、というお話です。
一見わかりやすいお話のようですが、なぜ地獄の責め苦を受けなければならなかったのか、そして、責め苦は
恋の苦しみの例えなのか、歌詞の通り閻王(閻魔大王)による罰なのかは描かれていません。ちなみに、前述の
竹田からくり芝居「住吉汐干の白鷺」では最後は白鷺になって飛んでいくハッピーエンドになっています。
初演の二世瀬川菊之丞の女形の魅力を意識しての演出だったとも考えられますが真相はわかっていません。
また、「住吉汐干の白鷺」では、最後に白鷺という正体を現わすので、派手な模様の振袖を着て登場しますが、
「鷺娘」では、雪景色に傘をさして佇む白無垢姿の娘を描いた錦絵をヒントにしたという説もあります。
初演時、主人公は歌詞や変化前後の設定から娘ではなく、傾城(けいせい:遊女)だったのではないかと考え
られています。ところが、九代目市川團十郎が演じる際、演劇改良運動の一環として町娘に変更しました。
その昔、熊野信仰では「女は死ぬと熊野の鳥に責められる」という説があり、たくさんの契りを交わす遊女は、
死んだ後、無間地獄に落ちると言われていたそうです。「鷺娘」の責め苦はこの信仰の影響を受けているとも
考えられています。

ボストン美術館所蔵 鈴木春信作「鷺娘」
https://collections.mfa.org/objects/212275

|作品

「柳雛諸鳥嘶(やなぎにひなしょちょうのさえずり)」
作詞:不詳
作曲:杵屋忠次郎
初演:宝暦12年(1762年)4月 江戸市村座

|最後に

いかがでしたか。「鷺娘」は、恋の思いに苦しむ娘を白鷺の寂しげな姿に重ね合わせたドラマティックな
演目です。静けさと華やかさが展開する変化に富んだ舞台は、とても幻想的で、日本舞踊の演目としても
歌舞伎の演目としてもとても人気があります。

経験に関係なく、踊り手の個性によって味がかわる日本舞踊。
同じ踊り手でも年齢や人生経験で味が変わってきます。
あなたの今を表現してみませんか。

 

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