*当サイトはプロモーションを含みます
お芝居、映画、小説、そしてアニメ、漫画でも「食」のシーンって気になります。
無性に食べたくなって、お店を探してみたり、再現レシピで作ってみたり……
何十年も何百年も変わらない佇まいと味を訪ねてみようと思います。
ずっとずっと昔、同じ席で食べていた人たちも私たちと似たようなことを考えてたりして。
美味しいと目を細めた瞬間、タイムスリップ!なんてこともあるかも……
今回は、新橋にある鶏料理の「末げん」に行ってきました。
|歴史
創業115年を超える「末げん」は、1909年(明治42年)に創業しました。
|創業
かつて日本橋に鳥のソップ炊きを出す「末廣」という鶏料理の料亭がありました。
ここで修行を積んだ創業者が独立を許され、新橋に「末げん」を開業しました。
店名は修行先「末廣」の「末」と創業者の名前から「げん」をとって名付けられたそうです。
ソップ炊きとは鳥ガラをゆっくりと煮て取ったスープで具を煮込む鶏鍋のことで、戦前にあった
鶏料理番付で大関をとった「末廣」直伝の名物料理です。創業当時から多くの政財界や芸能界の
人々に親しまれていて、爵位を持たない最初の内閣総理大臣として「平民宰相」と称された原敬、
歌舞伎役者の六代目尾上菊五郎、作家の三島由紀夫などが常連客だったようです。
なかでも、三島由紀夫は、子どもの頃、祖父に連れられて来店して以来、亡くなる前日まで通ったと
いいます。亡くなる前日に来店した帰り際に、女将からまたお越しくださいませ、と声を掛けられ、
あの世から来ますと言い残したという逸話が残っています。
|明治42年
「末げん」が創業した1909年(明治42年)は、初代両国国技館(相撲の常設館)が完成し、明治時代に
初代内閣総理大臣となった伊藤博文が暗殺された年です。また、海外では、アメリカの極地探検家の
ロバート・ピアリーが西洋人として初めて北極点に到達しています。
この年、品川駅~赤羽駅間の品川線と池袋駅~田端駅間の豊島線が統合して「山手線」となりました。
日本の鉄道は、新橋駅~横浜駅間の開業が始まりとされています。この当時の新橋駅は、現在の汐留に
新橋停車場として建設され、東海道線の起点駅でした。その後、鉄道網の発達に伴って誕生した東京駅が
東海道線の起点となります。この前段階として、現在の新橋駅の場所に烏森駅が開業したのもこの年でした。
東京駅が開業するとき、烏森駅は、「新橋」と駅名を変更しました。江戸時代、汐留川に架けられた「新橋」
が名前の由来だといわれています。
|末げん
|かま定食
名物は、かしわ(鶏肉)の「わ」から名付けられた「わ」のコースで、創業から変わらない鶏ガラスープが
ベースの鶏鍋のコースです。作家、三島由紀夫が最後に食べたのもこの鶏鍋です。
ランチには、「かま定食」と呼ばれる親子丼があります。もともとは創業者が、お客の運転手やお使いの人が
待っている間に簡単に食べられるようにと考案した「裏メニュー」だったもので、伝統の鶏鍋で使用されている
地養鳥、軍鶏、合鴨の3種類の鶏肉を二度挽きして作られたトロトロの親子丼です。
|店舗情報
店名:末げん
住所:東京都港区新橋2丁目15-7 エスプラザビル1F
電話番号:03-3591-6214
アクセス:新橋駅(JR山手線・京浜東北線ほか)徒歩2分、
「末げん」
https://shinbashi-suegen.com/
|最後に
いかがでしたか。
「末げん」は、30年程前にビルに再建された際も、なるべく旧店舗の木材などが使うようにしたそうです。
玄関の板間は三島由紀夫が最後に座ったものが残されていて、今でもピカピカに磨かれています。
喧騒の新橋駅前のSL広場からすぐの場所にあるとは思えないほど静かで落ち着く空間です。
是非行ってみてくださいね。
無料体験レッスンのお申し込みはこちら
https://www.miya-ds.com/trial_lesson
広報担当森川みよのブログ、Miyo no Gantenへのご意見、ご感想はこちら
https://www.miya-ds.com/blog_contact/
大田区にある日本舞踊と着物の教室、日本舞踊教室みやの公式ホームページ
https://www.miya-ds.com
美柳流の公式ホームページ
https://www.miyanagiryu.com